阿弥陀仏に救われるのは、生きている今!
慈悲の権化(ごんけ)のような親鸞聖人に、激しい大諍論が3回もあったということは、信じられないことかもしれませんが、事実なのです。これを聖人の三大諍論といわれています。第一の諍論は、体失不体失(たいしつふたいしつ)の諍論といわれているものです。
●救いは死後か現在か
聖人がまだ法然上人のお弟子であった時のことです。法然門下三百八十余人の中でも、上足(じょうそく)と目されていた小坂の善慧房証空(ぜんえぼうしょうくう)が「念仏のお徳によって、死んだ後には極楽往生させていただけるのが、阿弥陀仏のご本願のありがたさであります」と、大衆を前に、得意満面で説法していました。みんな感心して聴いていましたが、親鸞聖人は思わず立ち上がり、「しばらく待ってください」と、善慧房の説法に待ったをかけられました。
一同、何事だろうと聖人を凝視したのも無理はありません。「親鸞殿、私の説法に何か異議でもござるのか」ムッとした善慧房は詰問いたしました。「ただいま、あなたは弥陀の本願は死後(体失)でなければ助けて(往生)くださらぬとおっしゃいましたが、この親鸞はただ今救われた(往生)ことを喜ばずにおれません。弥陀の本願は生きているただ今、助けてくださる不体失往生でございます。一匹の馬が狂うと千匹の馬が狂います。あなたのような方が本願を誤られては、大衆ともに無間の火城(かじょう)へ転落しなければなりません」聖人はきっぱりとおっしゃいました。あまりにも鮮明な阿弥陀仏の救いを体験なされていた聖人にとっては、弥陀五兆の願行を水泡に…
